プロローグ

「兄貴ー？どうしたのさ？」
健康そうな少女が首を傾げて、青年の顔を覗き込んだ。
「ぼーっとしちゃってさ。兄貴らしくないよー？」
それに対して青年は何も答えない。
僅かに眉を顰め、疲れたようなため息を一つ吐いただけだ。
少女は訝しげな顔をして、熱を測るようにその額に手を伸ばした。
その指が額に触れる前に青年が身動ぎし、手を払いのける。
パシッと乾いた音が空気を揺らした。


「……兄貴…？」
今度は少し怯えたような顔をした少女に、青年の表情が少し動く。
「……夢を、見ていた」
「…夢？」
ようやく呻くような低い呟きが返って、少女はその言葉を反芻した。
窺うようにもう一度青年の顔を見、そこに憎悪にも似た欠片を見つけて顔を曇らせる。
「…兄貴。もう忘れようよ…？」
少女は母親が愛し子にするように、兄の頭をそっと胸の中に抱き込んだ。
「憎んだり復讐して、それで何が変わるの？した方はとっくに忘れてるかもしれないのに、された方だけがずっと覚えて傷ついて…。復讐する為にさらに傷つくなんて…何も得してないじゃない」
妹に頭を抱かれたまま、青年は目を閉じる。
その顔に浮かぶのは、変わらず憎しみと…悲しみだった。


これは翼をむしられた兄と、元々持たない妹の話。
静かに夜は更けていった。

メイリーン