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パチパチ、と暖炉の火が爆ぜる。
陽が落ち切った夜、暖炉の火だけでは部屋の中を薄ぼんやりとしか照らせない。
そんな薄闇の中に、彼は、居た。
窓枠に腰掛け、見ている者の方が痛みを覚えそうなそんな表情で、ぼうと窓の外を見ている。
その青年におず…と部屋の中から声がかけられた。
「…兄貴?寝ないの?」
その青年にとっては誰よりも愛しい妹の声にも、彼は振り向かない。
しん、と続く静寂に耐えかねたのか、床を滑る足音が彼が居る窓際へと近づく。
衣擦れの音が思う以上に間近に聞こえて、ようやく青年は視線を部屋の中へと戻した。
瞳を翳らせた妹の顔が映り、ハッと胸を衝かれる。
「何か、あった?」
ほのかに炎の照り返しに染まった頬を心配そうに強張らせて、彼女は再度声を発した。
ふわり、と決してきつくない柔らかな甘い香りが匂い立つ。
その装いは今まで通り。一見無造作で飾り気などないように見えるのだが、いつの頃からか妹は女らしくなっていた。
「……今日もあいつと会ってきたのか」
青年は確認の意を込めて、問いかけの答えではない言葉を返す。
いつの間にかその表情は不機嫌な色一色に変わっていた。
「あ、あいつって?!べ、別に私はあの人に会いに行ったとかじゃないよ?!」
問いかけの意味を察してか、妹の頬がぱっと真っ赤に染まる。
それを可愛らしいと思う余裕は青年にはなかった。
むっとした顔で妹の手を掴み、腕の中に引き寄せる。
「あいつはダメだ。あいつはお前を不幸にする…」
青年は自分よりも小さなその存在を閉じ込めるように、それでも壊さないようにそっと抱き込んだ。
「兄貴は何でそういうことを…っ!」
僅かに怒気をはらんだ声とともに、じたばたと暴れるのを封じ込める。
それなりに冒険はこなしてきたのだろう。背は低いがすらりとした身体から発せられる戦闘のセンス的なものはなかなかだ。
それでもやはり性別と年齢差からくる力差には勝てないようだった。
おそらく妹はそんなことすら分かっていない。
「…俺は冗談や意地悪で言ってるんじゃない」
眉を潜め、聞き分けのない子供に言い聞かせるように語りかける。
妹が部族を追放されるその瞬間まで、ずっと側で見てきたのだ。その思考も心に刻まれた傷も分かっているつもりだ。
抱き込む腕に無意識に力が入っていたのか、妹の小さな呻きが聞こえて、青年はハッと我に返った。
「……悪い」
回した腕を解けばするっと胸の中から逃れ、妹はふくれっ面で軽く睨んでくる。
「兄貴は何でそんなにアッサムさんのことが嫌いなのさ。全然知らないくせに…」
火に照らされた影がちらちら、と壁で揺れていた。
それを視界の隅に捉えながら、青年は再び窓の外に視線を流す。
聞き分けのない事を言っているのは自分なのだろうか?
暗い窓に薄ぼんやりと映る自分の姿に向けて自問する。
もちろん答えは返らなかった。
「…あいつは、人間だ」
意識とは別のところで吐き出された自らの声を、青年はどこか遠くで聞く。
「人間と、一緒になっても、幸せにはなれない」
「兄貴は…っ!」
妹がバンっと壁を叩いたその音で、ふっ…と意識がクリアになった。
妹の方に目を向け直すと、本気で怒ったようなそんな顔に出くわす。
「兄貴だって…兄貴だって長老たちと同じじゃないかっ!有翼人が一番偉いって思ってる長老たちとっ!!」
その言葉を聞いた瞬間、心の隅が冷えた。
青年はすっと立ち上がり、妹に背を向ける。
ギリ…と噛み締められた歯が鈍い軋みを立てた。
「………あいつらはもっとクズだ。有翼人など最低最悪の存在だ」
青年は憎々しげに吐き捨て、暖炉の脇に立てかけてあった火かき棒を取ると、床に思いきり振り下ろす。
ガツッと鈍い音がして、床板に傷が残った。
「……兄貴…」
「ちょっと出てくる」
何か言いたげな妹の声を遮り、青年は戸口へと足を向ける。
一際大きく、暖炉の火が弾けた。