「工房で…」

静まり返った工房。
いつもならここで、微笑みながらお茶を飲んでいる主の姿はどこにも無い。
その代わりに、そこには数人の冒険者たちがいた。
彼らは囲炉裏を囲んで座っていた。
「ねえ、一体どうしたのよ？　みんなでそんなに暗い顔して。何かあったの？」
シャルロットの言葉に、苦い顔をしたエルディスが顔を上げる。
「セインさんが捕まった…」
その深い青の瞳には、憔悴の色が浮かんでいた。
傍らのアプリルが小さな手で、ぎゅっとその肩口を掴む。
「もう…セインさんが黙ってどこかに言っちゃうはずないって知ってたのに……、ボクがもっと早く気づけば……っ」
震える声で呟くアプリルの手をそっと外し、エルディスは落ち着かせるように大きな手で握り返した。
『アプリルのせいじゃない』『俺だってもっと早くにその可能性を疑えばよかった』、そんなことを囁いているのが聞こえる。
それを少しだけ羨ましそうに見つめながら、シャルロットは他の面々に向き直った。
「捕まったってどういうことなの？　何で助けに行かないのよ。っていうか人数これだけ？」
「僕の目の前でみすみす、さらわれてしまいました…」
責任を感じているような口調で呟く淳の肩を、ぽんとジェラールが叩く。
「セインさんが拉致されたのは誰のせいでもないよ。
そもそも、俺たちには何でセインさんが1人で長に会いに行ったのかも分からないんだからさ」
何かを悩んでいるようだったセイン。
そうでなくてもこのところ、少し精神が不安定なようだった。
うだうだと自分を貶めるような言葉を吐くセインに、怒ったこともある。
それでも…セインは『力を貸して欲しい』と言ったのだ。
「今、久遠さんが長の屋敷を見張っています。でも中には誰も居る様子がなかったんですよ」
さっき工房に戻ってきたばかりのくうぱあが、報告するように言った。
「それで一応ですね、ここに集まっているメンバーはあと、セティさんとパルちゃんが居ますよ。
他にも里の中には何人か居るみたいなんですけどね」
ふらっと外に出て行ったセティが、里に居る冒険者達に協力を求めているのを見た。
パルクレチュアの行動は分からないが、まあ、彼女なら大丈夫だろう。
火にかけていた鍋がコトコトと音を立てた。
「あ、出来たわね。変なものは入ってないから、食べてみてちょうだい。特製のオニオンスープよ。体があたたまると思うわ」
シャルロットがそう、それを器に取り分けてみんなに差し出す。
「あっ…ありがとう……シャルロットさん」
アプリルがすん…と鼻をすすり上げながら、器を受け取った。
「へえ、シャルロットさんって料理が得意なんだ。ありがとう」
エルディスも笑ってそれを受け取る。
その横では、すでにくうぱあが器の中身に舌鼓を打っていた。
「そうだな。お腹が空くと、悪い考えばかり浮かぶからな」
「いただきます」
次々にスープに口をつける面々に、満足そうにシャルロットが微笑む。


暗い雰囲気の工房に、少し活気が戻る。
そうだ。まだ戦いは終わっていない。
そのあと何組かに分かれて、彼らは工房を出た。
セティの手助けをしようと、里に居る冒険者を当たってみるエルディスとアプリル。
久遠の元へ向かう淳とくうぱあ。
空からセインを探してみるというシャルロット。


「じゃあ、俺は…どうしようか？」
ジェラールはふと考え込んだ。
正直、戦いはあまり得意ではない。
何も出来ないなんて思わないが、それでも多少は歯がゆくもある。
ジェラールはそんな自分に苦笑しながら、それでもとりあえず工房を出ようと入り口に足を向けた。
カラン…。
「ん？」
懐から滑り落ちたものに、ジェラールは目を留める。
居なくなったセインを探して里を歩いていた時に、広場に落ちていた小さな守り刀だ。
どこかで見たことがあるのだが、どうにも思い出せなかった。
「あっ！　これってもしかしてセインさんのか？」
１、２度見ただけなので忘れていた。
セインが大事そうにしていた、魔力を秘めた小さな刀。
「そういや、淳さんがセインさんは広場でさらわれたって言ってたな。じゃあ……」
これはセインの落し物なのだろうか。
ジェラールは守り刀を拾い、再びしまい込んだ。
「渡してやらないとな」
セインのことだ。
落としたと気が付いて、落ち込んでいるかもしれない。
里長の屋敷に捕まっているのだとしたら、助け出してからになるだろうが……。
「ま、何とかするさ」
誰も居ない工房の中を一度だけ見つめ。
ジェラールも外へと出て行った。
そしてまた。
工房の中はしん…と静まりかえった。

セイン