「大切な人」

頬に触れた細い指先に、意識が引き戻される。
ジェイクはうっすらと目を開けた。
視界いっぱいに広がる薄曇の空。
その視界の端をよぎる金糸。
体の上に感じる柔らかな重みに、彼は見るまでもなくそれが誰だかを悟った。
「ミ…レナ……？」
マスターに向かっていっていた時、突然頭部を襲った衝撃。
あれの正体もすぐに理解する。
マーベラストンファー、それは彼がミレナにあげた武器だったから。
彼女は疲労のあまり、意識を失っているようだった。
そしてそれと引き換えにした結果が、ジェイクの身に残っている。

腹の傷は塞がっていた。

全身はだるく、まだあちこちに怪我が残っているのが感じられるが、少なくとも死の淵からは一歩遠ざかったようだった。
今はまだ死ねない。
セインはジェイクが死にたがっていると不安に感じているようだが、
少なくとも彼だって自ら進んで死にたいわけじゃなかった。
精一杯頑張って、諦めないで進んで、その後に待つのが死ならそれでもいい。
それならきっと笑って死ねる。
そうじゃない死は出来ればしたくない。
『俺が死んだらよく頑張ったって言ってくれ』
とそう言ったことがある。
『…笑っていたら……きっと……』
そう、ミレナは頷いてくれた。
「ミレ…ナ……」
ぎこちなく動いた手の指先が、偶然彼女の髪に触れる。
「…ん……」
ミレナが小さく声を漏らした。
滑らかな瞼の向こうから、紫の瞳が現れる。
「…あ……気がついたのですね……」
その顔に見慣れた微笑が浮かんだ。
それを目にした瞬間、何故だかジェイクは胸の奥からこみ上げてくるものを感じた。
マスターにもセインさんにもまた…勝てなかった。
あと１歩で死んでいた。
またミレナに助けられてる。
いっつも迷惑かけてばっかりだ……。
「…ミレナ…悪りぃ…何て言ったら良いのか…解んねっ…ち…きしょ…っ……ぅ…
……ごめんっ……くぅっ……ぁうぅっ…」
ぼろぼろと涙が出た。
ミレナの顔が霞む。
どうしてそこまでしてくれる？
弱い。悔しい。情けない。
腕は重く、零れ落ちるそれを拭うことも出来なかった。
泣いても何も変わらないのは解ってる。
これから強くなれば良いだけだ。
ミレナは少しだけ困ったような顔でこちらを見ていた。
「…ぅっ………ごめんっ……」
泣いても仕方ないのも解ってる。
でも泣くとこなんか、見せたくなかった。
必要だ。大好きだ。愛してる。
痺れたような腕を、ミレナがそっと取るのが分かった。
柔らかな優しい手。
視界はぼやけて、ミレナの顔もちゃんと見えなくなっていた。
「………ジェイクさん？」
ギリギリギリっ！
「痛い痛い痛い…っ！」
一瞬、息が止まる。
「いい加減にしな！！
それ以上ごちゃごちゃぬかすと…この腕へし折るぞ！！」
「あ、あの…ミ、ミレナ……さん…？」
腕をひねり上げている確か僧侶のはずの女性を、ジェイクはおそるおそる見つめた。
はっと我に返ったように、ミレナが口元を押さえる。
「…ぁ……私としたことが…なんと言うことを……。気にしてはダメですからね？
気にしたら…現実になってしまいますよ…？」
にっこりといつもの微笑…のようなものを浮かべるミレナに、引きつった笑いが漏れた。
涙はいつの間にか止まっていた。
これがショック療法ってヤツかな…。
ジェイクは再び薄れる意識の中でそう思う。
そして彼はまた深い眠りの海へと沈んでいった。

セイン