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ある時代の流れの中に存在した、ひとつの研究施設を軸にしたキャラ紹介と物語。「戻る」はブラウザBackかパン屑リスト使用推奨です
 
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(※グロテスク・暴力的表現がある場合があります。お嫌いな方はご注意ください)



頬を掠めていく生暖かい風に、風夏は既視感を感じた。
体中を気だるいような重みが支配している。
「ウチ、何しとったんやっけ…」
その重みが疲れだと気付く前に、風夏は呟いて頭を軽く左右に振った。
ほのかな明かりが周囲を照らし出している。
弾力がありそうな壁はどこか生々しく、手を伸ばして触ってみるとビロードのように滑らかだった。
「何かめっちゃ嫌な予感がするわー…」
遠くの方で何かの音が反響している。
かすかに聞き取れるそれは風夏の気を逸らせ、居たたまれない気分にさせた。
「そや…ここ、あん時の場所に似とるんや…」
ごくり…と喉を鳴らした音が思ったより大きく聞こえて、風夏は顔をしかめる。
とっくに記憶の彼方に閉めだしていたものが、急に鮮やかに蘇ってきた。
あれは数ヶ月前のこと。
風夏はやはりどこかの見知らぬ空間に迷い込み、大量の赤ちゃんが目の前でスライム化し、奇妙な鳴き声を上げる…というまるで怒濤のような奇妙な体験をしたのだった。
この場所は嫌なぐらいその時と似すぎている。
自然、風夏の足が音の聞こえる方向とは逆方向に向いた。
やや早足になりながら、一本通行の道をたどっていく。
「あんなんにはもう会いたないなぁ〜…そもそも何でウチ、こないなとこにおるん…?」
黙っていると聞こえてくる音を意識しそうだった。
アレがいきなり方向を変えて、前から超特急で突進してきたら…なんて想像して、風夏はぶるっと背を震わせる。
「確か昼間はあの暑苦しい応援団とかゆうヤツらと戦うて、疲れたで帰って速攻寝たはずやのに…」
制服も着替えないまま、ベッドに倒れこんだようなそんな記憶があった。そこから唐突に記憶が飛んでいる。
「…ウチ、夢遊病の気でもあるんやろか…」
風夏は深刻そうに眉を寄せた。
自分の知らないうちに何かしているなんて想像すると怖すぎる。
カラカラ…ン。
と、つま先が何かを蹴飛ばし、風夏はハッと我に返った。
太いボルトのような金具が『床』を転がって金属的な音を立てる。
何も思わずそれを拾い上げ…そして風夏は慌ててもう一度足元に目を落とした。
「床が…変わっとる?!」
いつの間にか気味悪いビロードのような床は終わりを告げ、白い機能的そうなタイルの床になっていた。
見回すと壁もその様相をすっかり変えており、先ほどの場所と地続きとは思えなぬほど洗練された雰囲気をかもし出している。
そして正面に扉が一つ見えていて…それはわずかに開いていた。




風夏は少し警戒しながら周囲を見回した。
全面が白で統一されたどこか無機質なその部屋は、病院か何かの建物を思わせる。
「何や殺風景な部屋やなぁ〜」
家具も何もない部屋に思わずそんな感想がもれた。
とりあえず少し開いている扉に手をかけ、向こう側を覗く。
そこは長い廊下の突きあたりだった。
左右に扉をつけた廊下が一直線に反対側に向かっている。
「ほんまに病院みたいや」
風夏はするりと今まで居た部屋から抜け出した。
出てきた扉の方を振り返ると、金属のプレートが一枚かかっている。
その文字は風夏には見たこともない文字だったが、扉全体に赤いペンキで大きくバッテンがされていた。
どうやら立ち入りを禁止されてるか危険な部屋のようだ。
「あんな不気味な生きもんがおるんやもんな。やっぱりここは進入禁止の場所かなんかやったんや」
入った覚えもないその進入禁止の部屋から自分が出てきたことはすっかり忘れて、風夏はうんうんと頷く。
扉への興味を失い首をめぐらせたが、廊下には動くものは何もなく、音も何も聞こえなかった。
相変らず色は白一色で、それぞれ扉にプレートが一枚だけかかっている。
「そこに扉があったら開けてみるしかないわ」
何故か威張るようにそう胸を張りながら、風夏は一番手近な扉に手をかけた。
そこは書庫になっていた。
天井ギリギリまでぎっしりと本の詰まった本棚が並んでいる。
ちらっと見ただけでも眩暈がしそうで、風夏は中に入ってみることはせずに扉を戻した。
「ここはええわ。誰か人おらへんかなぁ」
その向かいにある扉を今度は勢いよく開ける。
今度は部屋の真ん中に試験管を大きくしたようなガラスの水槽があった。
中にはほぼいっぱいに水のような液体が満たされているが、中には居ない。
「あ…ウチ、こういうんテレビで見たことあるわ」
確か脳だけになっても生きている男が出てくる映画だったような気がする。
その脳みそが浸かっているのがこんな水槽だった。
ぞくっと背筋に寒気が走る。
「こ、こんなん単なる飾りやんなぁ?」
引きつった笑みを浮かべながら、風夏は同意の返らない質問を零した。
脳裏に前のときに遭遇した、解けてスライムになった赤ん坊の姿が過ぎる。
あれがもし関係あるとしたら…?
映画で見たような邪悪な研究とか何とかそういうのが、ここで行われているとしたら…?
「…あんなん作り話に決まっとるやん!ほんまにあったら怖いでっ」
ぶんぶんと首を左右に振って嫌な想像を追い払いながら、風夏は次の扉に手をかけた。
さすがに中を窺うようにそろり…と動作がゆっくりになる。
扉が小さく開いたその瞬間。
「な、何や?!」
その隙間から突然光の筋が走り、風夏は慌てて飛びのいた。
焼け焦げたような匂いがする。
光が伸びた方をちらと見やると、その一部分に焼け焦げが出来ていた。
「魔法、やろなぁ〜…」
それとも宇宙ものとかにはよく出てくる光線銃とかいうやつだろうか?
部屋の中を見なくてはいけないような義務感に襲われて、扉を盾にするようにしながら、風夏は部屋の中をそろそろと覗く。
中からはむせ返るような血の匂いがしていた。
そして原型を留めぬその肉塊とおびただしい血液の中に。
1人の少年が無表情で立っていた。
彼は手の中の塊を無造作に握りつぶす。
「ラスト、だ」
その口からそっけない言葉が一言、漏れるのが聞こえた。




その部屋の中には戦いの熱気が充満していた。
そこに1人立つ少年の髪の色は青みがかった銀色。横顔から見える瞳は明るい紫色。
その容姿を見ているとファンタジーの世界に迷い込んでしまったような不思議な気持ちにさらされる。
もっとも鼻を突く血の匂いや、目の前に広がっている凄惨な状況を見ると、ファンタジーというよりはホラーだった。
「…何や、危なそうやんな〜…」
風夏は小声で呟いて、そっとゆっくり扉を閉めた。
あまり関わり合いになりたくない状況だ。
「君子危うきにフタをする、やもんな」
うんうんと頷きながら、よく分からないことわざを口にする。
と、その扉が急に中からぐいっと引かれた。
開いた隙間に靴を差し入れ、まるであこぎな押し売りのような手段で扉をこじ開けられる。
「今日のノルマは終わったよ。もう休んでもいいだろ」
まだキーの高い子供の声が眠たげに響いた。
風夏は困った顔で周囲を見渡す。
白い廊下には依然として誰の姿も見えなかった。
「そ、そやなー。眠かったら寝たほうがええと思うでっ。寝る子は育つや!」
「…」
怪しまれないようにと余計に声に力が入ってしまう。
それを耳に留めて、ふと少年が顔を上げた。
初めて正面から顔を合わし、風夏は思わず息を呑む。
少年の瞳は風夏と同じように左右で色が違っていた。
左目はアメジストの宝石のような明るい紫色。
右目は透き通った蒼色。
先ほど肉塊を握りつぶした行動とは対極に位置するようなその透明感に、余計に風夏は背筋がゾクリとするのを感じた。
「…あんた」
少年が乾いた唇を舐めて、何事か言葉を紡ごうとする。
その眼前にビシッと指先を突きつけて、風夏は慌てた声で続けた。
「ええから、さっさと戻り! ウチは忙しいんやっ。やることいっぱいあんねんから!」
乾いた音を立てて、その指先が煩そうに払いのけられる。
少年の瞳には疑いの色が浮かんでいたが、それを追求するよりも眠気の方が勝ったようだった。
「まあ、いいか…。こんなところに侵入者が無事で居るはずないしな…」
ぶつぶつと呟きながら、重い足取りで白い廊下を歩き去っていく。
その後姿を見送りながら、風夏はほっと胸をなでおろした。




「こんなところって、一体ここはどこなんやろーなぁ…」
先ほどのことがあってか警戒を少し強めながら、風夏はまた白い廊下を進んでいた。
もし万が一、急に攻撃を受けても対応できるように魔力を練り、いつでもリェンを喚び出せるようにしておく。
相も変らぬ白い廊下。それはやはり奇妙で、何だか気味が悪い。
「…何や?」
延々と続くそれに終止符が打たれたのは、それから十分ぐらい後のことだった。
白い廊下の突き当たりにはこの通路に出てきたときと同様に扉が一枚あり、その扉には赤ではなく青いペンキで何事かが殴り書きされていた。
風夏は今まで歩いてきた廊下を振り返り、もう一度扉に向き直る。
「開けるしかあらへんわ」
あの不気味な赤子が出てきた所に戻るのは論外。
ここまで来る間に階段や外が見えそうな窓とかは一つもなかった。
風夏は指輪をそっと掲げ、小さく相棒の名前を紡ぐ。
呼びかけに応えて、空間が陽炎のように揺らぎ、炎の精霊が姿を現した。
この精霊は好んで人間の女性と同じような外見を取ることが多い。
自分より数cmは上にある赤い瞳を見返し、風夏はコクンと頷いた。
攻撃は最大の防御、もし中にこちらに危害を為しそうなものが居たら、最速で仕掛ける。
それについて、彼女との打ち合わせは不要だった。
一つ深呼吸をして扉の取っ手に手をかける。
「開けるで?」
言葉と同時に、風夏は一気に押し開けた。
その部屋は拍子抜けするほどに静かだった。
「本物がおったわ…」
風夏はかすれた笑い声を零す。
少し前に見た大きなガラスの水槽が、そこにも設置されていた。
しかし今度は空っぽではなく、中には小さな子供の身体が封じられている。
風夏はふらふらと水槽に近づいた。
「そうやんな。あんな生き物が普通におるわけないわ。きっとここで作り出されとんのや」
そっと水槽に手を触れてみる。
指先に伝わる温度は想像したものとは違い、生温かい。
「さっきの子とそっくりやなぁ…」
よく見ると幾分体格が小さくはあったが、水槽の中の子供はさっきの子によく似ていた。
髪の長さは違えど、色は同じく青みがかった銀色。
瞳は閉ざされた瞼の奥にあり色の確認はできないが、面差しも双子といってもおかしくないぐらいそっくりだ。
「あの子も作られた子供なんかな?…あー…何やウチおかしくなりそうや」
映画とかで見たものから想像は出来ても、それが現実に目の前にあるという事態が上手く受け入れられない。
風夏は疲れたようにこめかみを揉み解した。
「もう帰りたいわー…」
随分と長いことここに居る気がする。
夢ならもう覚めてほしいと心から思った。
「…物は試しやんな…。前の時と同じようにしたら、戻れるかもしれへん」
傍らに立っている炎の精霊をちらと振り仰ぎ、再び頷く。
「リェン、ゴーや!」
一瞬の静寂の後、その部屋の中で紅い閃光が弾けた。
遅れて轟音と激しい爆風が一帯を支配する。
すべてが炎の中に消える寸前、風夏は水槽の中の子供と瞳があったような気がした。
それは両瞳ともどこか禍々しい明るい紫色だった。




闇に落ちる意識の中、風夏は聞き覚えのない女性の声を聞いた。
「下の子が目覚めた」
それはどこか喜びを隠し切れない声だった。
「こちらの方が素体に近い…。ひょっとすると……」
そのまま意識はさらに深い闇に落ちていった。

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