ある時代の流れの中に存在した、ひとつの研究施設を軸にしたキャラ紹介と物語。「戻る」はブラウザBackかパン屑リスト使用推奨です
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「うう…、ひどい目に遭った……」
紫のスーツを着た三毛猫が、よろよろと里の入り口までたどり着いた。
「何でこんなところにガビィさんが……?」
ぷるぷると震えているシッポの先で、鈴がチリチリと鳴る。
全身から鰹のいい香りが漂っていた。
金色の料理人に煮込まれかけたジキルだった。
「洗った方がいいかな?」
戦場に赴くのに鰹節の香りというのも、何だかヘンだと思う。
セイン達ならまだしも、彼が説得しようと思っている、赤い着物のくのいちには余計に警戒されそうだ。
セインの工房のすぐ側を流れる川があることは知っていたので、ジキルはそちらへと足を向けた。
昔、セインの工房の回転壁の罠(?)にかかって、エルディスとセティが落ちたらしい川だ。
セインは抜け道だと言っていたが……。
「川に転げ落ちる時点で、もう抜け道じゃないと思うんだけど」
ジキルは引きつった笑みを浮かべる。
せせらぎの音が聞こえてきた。
トコトコとその川岸までたどり着くと、鰹節臭い三毛猫の着ぐるみを脱ぎ落とす。
金色の髪が零れた。
傾きかけた日差しが弱々しいながらも光を投げかける中、彼は最近とんと見なくなった中身(笑)に戻る。
黒尽くめの暗殺者スタイルに身を包み、一本の剣を下げているその姿は、とてもいつもの彼とは結びつかなかった。
「………?」
ふとジキルは顔を上げる。
近くから歌うような声が聞こえたような気がした。
年齢よりもかなり幼く見える顔に訝しげな色を刻み、彼は木の陰まで潜んでいった。
その黄金色した瞳に飛び込んできたのは……。
優雅に舞う赤い歌鳥。
羽織るように纏った赤い着物を、羽根のように舞わせながら歌鳥は和のメロディを紡ぐ。
「恋衣(こひごろも)安らかならずみだれつつ、逢はむとおもふやすらひを…しのびてこの身の……」
すっと伸ばした指先を伝い、滴り落ちる赤。
「…この身の……」
ふっ…と流れたその黒目がちの瞳が木の陰にいるジキルを捉えた。
その顔に僅かに狼狽の色が走る。
「何者っ!」
「桔梗さん、あなたは何をやっているんですか」
ジキルは硬い表情で光の下に出た。
「セインさんが自分の為に戦い始めましたよ…」
自分の為にする戦いもある。人の為にする戦いもある。
だがそのどちらも、重要なのは戦いへと向かう人の心。
自らが戦いへと臨む心……。
桔梗は静かにジキルを見返す。
「…そのようなこと、言われずとも分かっていますわ」
2回目の旅のあと―――セインは少し変わったように桔梗には見えた。
理由は分からない…だが、あきらめていた瞳には時々、余裕のようなものが窺えるようになった。
「あの人は自分の為に戦うでしょう……あなた方が、たとえその為に命を落としても」
2日前の夕刻前。
セインが一人になった隙を見計らって、彼と会った。
アプリルと呼ぶあの少女を―――その夫である碧の髪をした青年を、彼が本当に大切に思っているのは知っていたから、脅しをかけたのだ。
「あなた方の命と引き換えでも、あの人は戦いをやめる気はないと…そう言っていましたわ」
ウソだ。
あのとき結局、セインの返事は聞けなかった。
あの少女が後ろから現れたから、撤退するしかなかった。
「………」
それについてジキルは何もコメントする気がないように、黙って聞いている。
そのことに少しだけカッとなった。
「そんな人の為に、あなた方は動くおつもりなのですか?」
戦のための手駒。
誰であろうと構わない。
どうせ犠牲になるのだから―――。
「あなたは…自分の為に戦わないんですか?」
ついと出たジキルの言葉を桔梗が理解するのには、多少の時間がかかった。
「なっ、何を……」
「長の命令に従っていては、大切なものを無くすかもしれませんよ」
彼がそういうことを言うのは反則だと。
桔梗はそう思った。
木の陰から現れた時から気づいていた。
彼はよくセイン様の工房の裏手に出入りしている大きな猫だ。
真剣な言葉なんてめったに言わないくせに。
何か過去を秘めているくせに、全然そんなそぶりを窺わせないくせに。
―――だからこそ余計に彼の言葉は重みを持つ。
「…私はセイン様など、どうなっても構わない」
それだけを告げるのが精一杯だった。
桔梗は逃げるようにその場を離れる。
その背中に追い討ちをかけるように言葉が掛けられた。
「あなたが望む物を手に入れるチャンスは、今しかないですよ?」
「自分の為に…戦う……か」
ジキルは、ポケットから取り出した銀のペンダントを見つめる。
それは体温を吸ってほんのりと暖かかった。
吹きすさぶ風。この里ではまだ春は遠い。
果たして桔梗はどの道を選ぶのだろうか?
それはまだジキルには分からない。
小さく息を吐き、彼はペンダントをしまうと、猫の着ぐるみを置いてきた川べりに戻った。
さらさらと風が流れる。
かすかに血の匂いを含んだ不穏な風が流れる。
いろいろな思惑を秘めて、次第に戦いは少しずつその意味を広げていた。
紫のスーツを着た三毛猫が、よろよろと里の入り口までたどり着いた。
「何でこんなところにガビィさんが……?」
ぷるぷると震えているシッポの先で、鈴がチリチリと鳴る。
全身から鰹のいい香りが漂っていた。
金色の料理人に煮込まれかけたジキルだった。
「洗った方がいいかな?」
戦場に赴くのに鰹節の香りというのも、何だかヘンだと思う。
セイン達ならまだしも、彼が説得しようと思っている、赤い着物のくのいちには余計に警戒されそうだ。
セインの工房のすぐ側を流れる川があることは知っていたので、ジキルはそちらへと足を向けた。
昔、セインの工房の回転壁の罠(?)にかかって、エルディスとセティが落ちたらしい川だ。
セインは抜け道だと言っていたが……。
「川に転げ落ちる時点で、もう抜け道じゃないと思うんだけど」
ジキルは引きつった笑みを浮かべる。
せせらぎの音が聞こえてきた。
トコトコとその川岸までたどり着くと、鰹節臭い三毛猫の着ぐるみを脱ぎ落とす。
金色の髪が零れた。
傾きかけた日差しが弱々しいながらも光を投げかける中、彼は最近とんと見なくなった中身(笑)に戻る。
黒尽くめの暗殺者スタイルに身を包み、一本の剣を下げているその姿は、とてもいつもの彼とは結びつかなかった。
「………?」
ふとジキルは顔を上げる。
近くから歌うような声が聞こえたような気がした。
年齢よりもかなり幼く見える顔に訝しげな色を刻み、彼は木の陰まで潜んでいった。
その黄金色した瞳に飛び込んできたのは……。
優雅に舞う赤い歌鳥。
羽織るように纏った赤い着物を、羽根のように舞わせながら歌鳥は和のメロディを紡ぐ。
「恋衣(こひごろも)安らかならずみだれつつ、逢はむとおもふやすらひを…しのびてこの身の……」
すっと伸ばした指先を伝い、滴り落ちる赤。
「…この身の……」
ふっ…と流れたその黒目がちの瞳が木の陰にいるジキルを捉えた。
その顔に僅かに狼狽の色が走る。
「何者っ!」
「桔梗さん、あなたは何をやっているんですか」
ジキルは硬い表情で光の下に出た。
「セインさんが自分の為に戦い始めましたよ…」
自分の為にする戦いもある。人の為にする戦いもある。
だがそのどちらも、重要なのは戦いへと向かう人の心。
自らが戦いへと臨む心……。
桔梗は静かにジキルを見返す。
「…そのようなこと、言われずとも分かっていますわ」
2回目の旅のあと―――セインは少し変わったように桔梗には見えた。
理由は分からない…だが、あきらめていた瞳には時々、余裕のようなものが窺えるようになった。
「あの人は自分の為に戦うでしょう……あなた方が、たとえその為に命を落としても」
2日前の夕刻前。
セインが一人になった隙を見計らって、彼と会った。
アプリルと呼ぶあの少女を―――その夫である碧の髪をした青年を、彼が本当に大切に思っているのは知っていたから、脅しをかけたのだ。
「あなた方の命と引き換えでも、あの人は戦いをやめる気はないと…そう言っていましたわ」
ウソだ。
あのとき結局、セインの返事は聞けなかった。
あの少女が後ろから現れたから、撤退するしかなかった。
「………」
それについてジキルは何もコメントする気がないように、黙って聞いている。
そのことに少しだけカッとなった。
「そんな人の為に、あなた方は動くおつもりなのですか?」
戦のための手駒。
誰であろうと構わない。
どうせ犠牲になるのだから―――。
「あなたは…自分の為に戦わないんですか?」
ついと出たジキルの言葉を桔梗が理解するのには、多少の時間がかかった。
「なっ、何を……」
「長の命令に従っていては、大切なものを無くすかもしれませんよ」
彼がそういうことを言うのは反則だと。
桔梗はそう思った。
木の陰から現れた時から気づいていた。
彼はよくセイン様の工房の裏手に出入りしている大きな猫だ。
真剣な言葉なんてめったに言わないくせに。
何か過去を秘めているくせに、全然そんなそぶりを窺わせないくせに。
―――だからこそ余計に彼の言葉は重みを持つ。
「…私はセイン様など、どうなっても構わない」
それだけを告げるのが精一杯だった。
桔梗は逃げるようにその場を離れる。
その背中に追い討ちをかけるように言葉が掛けられた。
「あなたが望む物を手に入れるチャンスは、今しかないですよ?」
「自分の為に…戦う……か」
ジキルは、ポケットから取り出した銀のペンダントを見つめる。
それは体温を吸ってほんのりと暖かかった。
吹きすさぶ風。この里ではまだ春は遠い。
果たして桔梗はどの道を選ぶのだろうか?
それはまだジキルには分からない。
小さく息を吐き、彼はペンダントをしまうと、猫の着ぐるみを置いてきた川べりに戻った。
さらさらと風が流れる。
かすかに血の匂いを含んだ不穏な風が流れる。
いろいろな思惑を秘めて、次第に戦いは少しずつその意味を広げていた。
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