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ある時代の流れの中に存在した、ひとつの研究施設を軸にしたキャラ紹介と物語。「戻る」はブラウザBackかパン屑リスト使用推奨です
 
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桔梗は小さく吐息をついた。
全身に張り詰めていた緊張感が、すうっと抜けていく。
「セイン様はちゃんとお仲間のところに帰れたかしら? あの人の大切な方たちのところへ」
セインを逃がすという行動は、桔梗には許されない行動だった。
が、それでも。
あのマスターと名乗る黒い男が現れたときに、わずかとはいえ望みを抱いてしまったのは。
「私にもまだ心が残っている、ということ…?」
桔梗は戸惑うように呟く。
と、その黒い瞳が鋭く細められた。
「……出てきなさい」
影に向かって、静かに声を投げかける。
「やっぱり見つかりますか…」
声に答えて出てきたのは―――やはり、あのとき川辺で声をかけてきた金髪金瞳の、あの男だった。
「………」
桔梗は厳しい顔で彼を見つめる。
今の呟きは誰にも聞かせるつもりはなかった。
アレの気配が去ったことで多少は油断していたとはいえ、この男の力も侮れない。
「名を…聞いておくべきかしら? 私の前に出るときにはその姿を晒す意味も含めて…ね」
その顔に浮かぶのは警戒の色だった。
「ああ、名乗っていませんでしたか。ジキルといいます。
この姿は……まあ、何と言うか、あなたが昔の俺に似ているからですかね…」
少し寂しげな笑みを零し、彼、ジキルは答える。
桔梗はくすりと笑みを零した。
「似ている、ですって? おかしなことを申されるのね」
タンッ!
彼女の手から飛んだ小柄がジキルをかすめ、壁に突き刺さる。
「異邦者が余計なことに口を挟むものではないわ。物事の側面しか知らぬ者に何が分かるというの…」
そうしていても、桔梗の瞳はどこか哀しそうだった。
「……似ていますよ。まだ、幸せがなんなのかも解ってなかった頃の俺にね……」
瞳は心を表すという。
桔梗の瞳は深い悲しみとどうにもならない諦めに染まっていた。
そして対峙するジキルの黄金の瞳は。
同じく悲しみと、しかし何故かそれを上回る強い意志を浮かべている。
「……自分の望みがなんなのか、もうあなたは気がつきかけているんでしょう?」
ジキルの問いに、桔梗は目を逸らした。
言えない願い、望めぬ思い。
里長が帰ってきて、あの一件があって。
それは決して叶わぬものとなった。
「あなたが信じられなくても、俺は信じてます。あなたがいつか気付く事を…」
だから男の言うことにカッとする。
「知りもしないくせに―――人の心を揺さぶるだけ揺さぶって、それで何が変わるというのです?
そんなもの、あなたの自己満足に過ぎぬと覚えておきなさいっ!」
再び桔梗の手から放たれたもう一つの小柄は、しかしまたジキルを傷つけることはできなかった。
カシャーンっ。
銀色のペンダントが床に当たって跳ねる。
その拍子にスイッチが入ったのか、ホログラムが浮かび上がった。
金髪金瞳の青年と赤子を抱いた幸せそうな女性。
この場ではどこか現実離れしたような、幸せな情景……。
ジキルが拾うよりも先に、桔梗はそれを奪い取る。
過去に何があったとしても、この男にこのホログラムに映るような幸せな時があったのは事実…。
何故だか憎らしかった。
似ているなどと言いながら、桔梗がどんなに望んでももう、持ち得ないものを経験しているこの男が。
ジキルは小さく息をついて、桔梗に向かって手を出す。
「……それを、返してくれますね?」
返さないなどみじんも疑っていないような静かな口調に、桔梗は唇をかみ締めた。

「……あなたと私が似ているなんて、勘違いもいいところですわ。私は―――」

銀のペンダントをジキルの手に滑らせ、桔梗は彼に背を向ける。
「私は―――」

いつの間にか黒尽くめの男が転移して戻り、静かに影に佇んでいるのを見て、思わず自嘲げな笑みが口元に浮かんだ。
「私はセト様のお力がなければ、存在もできぬ人形……。この里の忍びは皆……あの日に」
里長が長旅から戻ったあの日。
あの時からすべての望みは潰えたのだ。
桔梗はそのまま部屋を後にした。
2人が追ってくる様子はなかった。


「だいぶ余裕がないみたいね……」
廊下ですれ違った1人の女性の呟きが、耳に止まる。
桔梗はそちらへ厳しい目を向けた。
数日前、突然屋敷へと現れた正体の知れぬ女。
何故か里長が気に入り、ここの客人となった。
確か名を……。
「恵美璃さまでしたわね。このようなところにおられず、自室でいらしたらいかが?」
桔梗はこの女性が嫌いだった。
獣が本質的に自分に害を為すものを覚るように、本能のようなもので。
「……別に私の行動は制限されていないと思ったけれどね」
「私はまだあなたを味方と認めたわけではありませんわ。ならば下手に動いて疑念を持たせるより、大人しくしていた方が得策なのではなくて?」
彼女は危険だ。
人が変わったように見える時もある。
セイン様の側に組するならそれもいい。
こちらの側に全面的に協力するならそれもいい。
だが、彼女の目的はそれとはまったく違うところにあるようで……。
「あなたに認められる謂れはないけれど。
まあ…、いいわ。まだしばらくは……」
データ採取にはもう少し時間がかかる。
恵美璃は静かに微笑した。
対する桔梗も赤い唇の端を吊り上げて、笑みを刻む。
「そうなさることね。あなたがただの駒の一つに組み込まれないよう、祈っていて差し上げるわ。
もっとも、私は信じる神などもう持ちあわせていないからまったくの気休めにしかならないでしょうけどね」

歩き去る桔梗の背を恵美璃はじっと見つめた。
今の恵美璃は『無』、彼女の持つ人格の何者にも染まらぬ準・主人格。
「さて…どうなりますかね……」
静かにそれを見送る。
まだ時は来ない。
だが、刻一刻と、その時は確かに近づいていた。

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