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3、「約束」
焦ったようなレンに何回も説明してもらい、思い通りの場所へ飛べるわけではないのだとようやく風夏が理解した時、空はすでに茜色にじわじわと侵食されていた。
「使えへん力やなぁ。まあ、ウチも自分で考えてあないに変なとこに行ったわけっちゃうし、そうゆうもんなんかいなぁ」
思わずぼやくような呟きが零れる。
空を振り仰ぐように見上げ、落ちそうになるため息は留めた。
「やっと、竜司を見つけられるんか思たんやけどなぁ…。なかなかうまくいかへんわ」
「うん、そうだね…」
こちらの言葉に応えてくるレンの目が悲しげな理由に、風夏も気づいていた。
もし竜司がここではない時に居るのだったら。
そうであるなら、どんなに世界中を駆け巡って彼の姿を探しても、その存在の証すら見つけることは出来ないだろう。
風夏はポケットの中を探り、青い袋の御守りを取り出してそれをじっと見つめる。
つまりもう竜司には会えないということで、それはこの旅の目的の終わりも示していた。
「それ、お兄ちゃんにもらったの?」
レンが手元を覗き込んでくる。
風夏は御守りをぎゅっと握り締めると、その手をレンの顔の前に突き出した。
「これ、持っていってくれへんか。もし、また竜司に会うたら渡して欲しいねん。
元気にしとったって、ずっと忘れてへんかったって伝えて欲しい」
その裏に隠した言葉は、元気でいてほしい、ずっと忘れないでいてほしい。
神妙な顔で頷きながら御守りを受け取るレンに向かって、風夏は怒ったような声で続ける。
「もし、これ何?とか忘れてるようやったら、殴ったってええから。あとウチの悪口言うとったら遠慮なく半殺しにしていいで。ちょっとやそっとじゃ死なへんやつやから」
「あ、あはは。おぼえとくよー」
そこでふと、会話が途切れた。
夜が近づくにつれ、山の空気は寒々と冷えていく。
野宿というわけにも行かないから、近くの山小屋まで歩かないといけない。
それにはもうそろそろ動かないといけない時間だった。
風夏は腰掛けていた岩から立ち上がり、服についた砂を払う。
その時、レンがふと何かに気が付いた様子で、少し困ったような笑みを浮かべた。
「帰れそうなんか?」
少年の体がぼんやりと光っているように見えて、風夏は確認の意を込めて聞く。
さっきの説明が本当なら、これは少年が時を越える予兆のはずだ。
「元の場所に帰れるかはわかんないけど…そろそろ時間みたい」
レンはぴょんと立ち上がると、風夏が渡した御守りをポケットへとしまった。
そしてじっとこちらを見上げてくる。
「…じゃあね、お姉ちゃん」
その言葉を待っていたかのように、ふわっとレンの姿が薄らいだ。
そこにあったのは幻だったように空気に溶けるように消えていく。
それを見送りながら、風夏は自分に言い聞かせるように呟いた。
「…ウチもやっぱりまだ探すわ。レンほどやないけど、ウチにだってそういう力あるんやろ?
あれからあんな変なとこ行ったりした覚えはないんやけど、たまたまそんな時なだけかもしれへん。
いつかウチは自分で竜司を見つけたる。…絶対に」
いつの間にか空の茜色も消えかけていた。
風夏は留めていたため息をようやく一つだけ吐き出すと、荷物を持ち直し山小屋の方へと歩き出す。
その後を追うように吹いた山の風は夜の空気を運んできた。
風夏は足を早めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
風夏は知らない。
自分の血が延々と受け継がれ、遥か未来に瞳の色の違う1人の少年が生まれることを。
そして彼女の思いが巡り巡って、一つの組織が生まれるきっかけとなることを。
ここが始まりとなる時間。
すべての決着が付く時はまだ遠い先の話になる。